天王寺区・細工谷かいわい(情報提供・生野区 畑中章宏さん)

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  ■スポット解説

 起伏ある街を歩く楽しさは、平坦な道をあるく以上のものがある。水平だけではなく、垂直方向にも、どんどん景色が広がるからだ。

 海抜20〜10メートルの上町台地を「背骨」とする大阪が、実は起伏に富んだ坂の多い街であることは、本さんぽガイドの「北畠かいわい」のページでも述べた。今回は、大阪環状線の内側でも、一番といっていいほど、楽しい「起伏」を見せてくれる場所を紹介したい。

 まず、何といっても地名がいい。「細工谷」。なぜ、ここが「細工谷」と呼ばれるようになったのか、まだ現在調査中なのでわからないが(わかり次第、このページを更新してお知らせします)、すごく美しい地名だと思う。

 とにかく今わかることは、ここは本当に「谷」がつく地名にふさわしい場所であるということだ。メインストリートは、西(つまり上町台地)に向かって大きな登りになっている。少し脇道にそれると、突然、石段の道になっていたり、またまた大きな下り坂になっていたりと、ちょっと迷路を思わせて楽しい。

 江戸時代の古地図を見れば、四天王寺にあった毘沙門池(今、本坊にある池が、その名残りと思われる)から発した小川が、現在の烏ケ辻の五条公園辺りから堂ケ芝と松ケ鼻の町境を北上し、細工谷で玉造筋の方面へ流れて落ちていたようだ(川の最終は、味原辺りで猫間川に合流し、大阪城の東で平野川に流れこんでいた。この旧川筋を歩くのもいいだろう)。

 細工谷かいわいで、もうひとつ注目しておきたいのは、周囲の町名。北側の地名は「筆ケ崎」、南側の地名は「松ケ鼻」といい、細工「谷」に対して「尾根筋」を表現した地名と思われる(「崎」も「鼻」も、台地から尾根筋が突き出した地形を表している)。

 コンクリートで固められ、ビルが乱立する都会の真ん中に、「地面のありのままの状態」を伝える地名が、しっかりと残っている。それもまた、楽しい。



■地図とおすすめコース


●病院村

「病院村」とは、私が勝手に呼んでいるだけですけど、それはこの辺に大きな病院が密集しているからです。
赤十字、聖バルナバ、桃山市民。これらはみな歴史のある病院で、外観がどれも味わいある建物ばかり(夜歩くと、ちょっと怖いぐらい古い)。建築ファン、病院ファン(?)には注目の物件群でしょう。
他にも、ちょっと南へ行けば警察病院、逓信病院など。さすが、環状線の内側きっての文教地区といえるでしょう。
その中でも特に注目なのは・・・

・大阪赤十字病院

この情報をお教えくださった畑中さんによると、大きなシュロの並木があって、なかなか見物とのこと。
建物事態は、昭和初期に作られたもので、渡り廊下やステンドグラス風の窓が、古き善き時代を感じさせてくれます。
この赤十字病院の南側には・・・

・聖バルナバ病院

伝統を持つ産婦人科病院として、大阪でも指折りの存在。建物は1923年にボーリズ(肥後橋の先代の大同生命ビルを設計した人。もうなくなったけど、本当にあの大同生命ビルは美しいビルだった!)が設計しています。
聖バルナバから、さらに西南にちょっと歩けば・・・

・桃山市民病院

1930年設立。大阪市の医療拠点の中核として、大きな足跡を残してきた病院。
特に大阪にペストが流行した時には、ここが一種の防疫基地となっていました。
もしお手元に、大阪の明治以降の近代史関係本があるなら、読んでみるとすぐわかりますが、必ず桃山病院が載っています。

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●細工谷メインストリート

細工谷を東西に貫く通りは、桃山病院の下、堂ケ芝の玉造筋から分かれ、天王寺図書館、上宮高校まで真っ直ぐ、一気に登る道です。ここを自転車で行けば、結構な運動量になります。
割と自動車が多い道ですが、基本的には所々商店がある住宅街で、車の多さにかかわらず、落ち着いた雰囲気を醸し出しています。

   
(C) 1996 Takashi Tanei, office MAY