阿倍野区・北畠かいわい

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  ■スポット解説

 大阪はもともと「小坂」と呼ばれていた。その理由は、小さな坂が多い街だったからだ−−私の記憶に間違いがなければ、何かの本にそう載っていたはずである。

 今の大阪を見れば、中層、高層ビルが建ち並び、地面の起伏など感じさせない街となった。だが、一度じっくり散策してみればよくわかるのだが、確かに大阪は「小さな坂」が多いのだ。それを一番実感させてくれるのが、阿倍野区の北畠かいわいだと思う。


 北畠は、北は松虫通りを境に天下茶屋、聖天、天神の森と。西は阪堺電車を境に岸の里、玉出と。東は阿倍野筋を境に、王子、阪南町と。南は南港通りを境に帝塚山と接する、一キロ四方ほどの地域だ。そのほぼ中心にある、阿倍野神社を頂上として広がる丘陵地帯に発達した住宅街である。


 この一帯は北畠に限らず、ちょっとした林や森がいたるところにあって、「阿倍野」といういにしえの原野の面影を残している。どこかしこにも、地面から発散される土の香りが満ちていて、二百万人都市にいることさえ忘れさせてくれるのだ。特に阿倍野神社は、西側からのアプローチが絶景で、急峻な石段の上にそびえ立つ大木が、どこか山あいの神社を思わせる。


 阿倍野神社の周りには、およそ水平に伸びる道などない。すべてが上がるか、下がるか。しかも丘陵の斜面に沿ってぐるりと道が発達したようで、一瞬、自分の進んでいる方角さえわからなくなる。まさに風情ある迷路を歩く気分も味わえ、「探索」の醍醐味を満喫させてくれるのだ。試しに大阪の市内地図が手元にあるなら、この近辺を見てみるといいだろう。碁盤の目のように区画整理された周囲の街とは異なり、この一帯だけが非常に込み入った道であり、それだけに区画整理された街にはない、自然の造形の妙を見せているはずだ。
 この込み入った道のせいかどうかは知らないが、幹線に囲まれている割には、抜け道に利用する自動車も少ないようで、残存する森や雑木林とあいまって、きわめて静寂な雰囲気を醸し出している。


 別段、これといった観光地や名所があるわけではないが、都市の中で気軽に「森林浴」が味わえる、今の大阪にとって非常に貴重な街だろう。


■地図とおすすめコース

●天下茶屋公園

樹齢何百年? といいたくなるような大木が並ぶ、閑静な公園。大きな木々が作る木陰は、きっと真夏の盛りでも、エアコンでは得られない涼しさを与えてくれるでしょう。文庫本でも持ってゆっくりしたい公園です。

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●「天神の森駅」近辺

この辺りは、かつての「森」や「雑木林」の印象が残るすばらしい場所です。どこという特定の場所はありませんが、土の香りを楽しみながら歩くのがいいでしょう。

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●阿倍野神社

この神社には、西側の阪堺電軌阪堺線の踏切方向から行くことをおすすめします。目の前には急な石段が迫り、日頃歩きなれていない身にはちょっと登るのが辛いかもしれませんが、頂上に着いたときの達成感は抜群。きわめて静かで、都会の喧噪から逃げるには最高の場所です。

   
(C) 1996 Takashi Tanei, office MAY