平野区・プロムナード平野

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■スポット解説

 平野は面白い街である。歩いていていつも、そう思う。中世には堺と並ぶ自由都市として発展した。堺が江戸時代になって衰退したのとは異なり、平野はその時代も大阪南部の物流拠点となり、栄えた。幸いにして第二次大戦による被害もまぬがれ、昔の面影が今でも残されている。

 町中には、なんだかなつかしい風景がここかしこにあり、何気なく歩いているだけでも楽しいし、大きなお寺や神社があって、ぼんやりと時を過ごせる場所も多い。

 しかし、平野について紹介した書物や資料・ガイドは数多くあり、ここで同じ内容を紹介してもムダだろう。そこで私が面白いと思ったのは、「プロムナード平野}という幅5〜10メートル、長さ2〜300メートルの遊歩道公園である。

 現在、平野に鉄道でアクセスするには、ふたつの方法がある。ひとつはJR大和路線の平野駅。もうひとつは地下鉄谷町線の平野駅である。しかし、かつてはもうひとつの鉄道があった。南海電鉄平野線の平野駅である。

 手元の資料によれば、この路線は大正3年に開通した。現在の阪堺電軌阪堺線から分岐し、あべのベルタ前から、ほぼ今の地下鉄谷町線に沿って平野まで走っていた。要するにチンチン電車の路線だったのだ。

 この路線は、地下鉄谷町線や阪神高速松原線の延伸などによって、1980年代のはじめに廃線となってしまったが、その平野駅の跡を、遊歩道公園としたのだ。

 煉瓦舗装の道には、レールや枕木をあしらったデザインは施され、さらに信号塔など往時を偲ばせるモニュメントもある。もっといいのは、よく生い茂った周りの木々。夏には緑の壁となって、賑やかな平野の街から、ここだけを切り取ってくれるようだ。

 もちろん自動車は通れない。静かな静かな遊歩道である。平野郷の史跡を訪ねる時には、小休止の場所として、必ず寄ってみたい場所なのだ。



■地図とおすすめコース


●プロムナード平野休憩所

かつての南海平野駅の駅舎は、けっこうモダンな建物で有名だたそうな。なんでも8角形をした駅舎が特長だったようですが、その8角形をモチーフにした休憩所が、遊歩道のほぼ真ん中にあります。そこには南海平野駅の由来を書いたプレートなどもあって、履歴を知るにはもってこいの場所です。

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●大念仏寺

聞くところによると、この大念仏時の本堂は、大阪市内では最大の木造建築らしい。なるほど、目の前にして見れば壮大な建物。境内も広く、ここなら曙関も充分泊まれるだろうと感心します(大念仏時は東関部屋の大阪場所での宿泊所)。大阪市内一を見てみるだけでも値打ちがあるのでは?


   
(C) 1997 Takashi Tanei, office MAY