さんぽ人 放浪記・パリ編3:転ばぬ先の杖で、石橋を叩いて渡る/1994年5月

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■新婚旅行って・・・

 さんぽ人の初めてのヨーロッパ行は、某業界新聞社が主催する、展示会視察ツアーだった。さんぽ人の会社から参加したのは、自分を含め2名。あとは、全く知らない人ばかりで、まあ、気楽といえば気楽な度でした。後半は、ほとんど一人で行動していたし。一人で行動するってことは、心細いこともあるけど、かえって気軽な点も多い。本当に見たい所に、誰はばかる事なく行けますからね(別にヤバい場所に行くわけではないが)。

 それに、仮に痛い目にあっても、それは自分自身の責任。つまり自業自得ということで割り切れるばいいのです。

 2回目のヨーロッパ行は、いわゆる新婚旅行です。「妻」が一緒、というのが、一人ブラブラ歩きとは違う緊張感を与えます。やはりさんぽ人といえども、「夫」ですから、妻を楽しませるのはもちろんですが、安全確実に日本まで連れ帰る責任もありますから。

 「おい、ショルダーバッグは、身体の前にまわして持て」とか、「そんな所にカバンを置いたら、置き引きされるで!」とか、「キョロキョロしないで、さっさと歩け」とか、添乗員以上に口やかましくいってしまう。まあ、それは愛情の裏返しかもしらんけど・・・

 ところでさんぽ人の妻というのが、「大胆」というか、「無邪気」というか、怖いもの知らずの人で、その度に、さんぽ人は特別の慎重さを発揮して、彼女を制御するしかなかったのです。

 しかし、そんな夫を見て、妻は「アンタ、外国に来て、浮き足立ってるんとちゃう?」などど言うものだから、「クヤシー! 誰のために、必要以上に慎重になっとるんや!」などと答えるものの、まあ、カエルの面にションベン状態。本当に、夫は辛いよ。


■知らぬタヌキの・・・

 そんな新婚旅行中のパリのある日。オペラ座からポンピドゥー・センターの方に行こう、という話になりました。当然、さんぽ人も、さんぽ人の妻も「歩いてGO!」というわけで、テクテク大通りを進み始めました。

 「待てよ、グラン・ブルバールをそのまま行っても、きっとしょうもない。どっかで横道にそれた方が、面白いだろう」などというと、むろん妻は「そうしよー」などと、例によってお気楽に答えます。

 この時も、自分の頭の中に地図を展開させて、「あの道を行って、あそこで曲がって・・・」などと考えていました。

 しかし初めての道は、いくら頭の中でイメージし尽くしたとしても、実際の行くと大違いなわけで、この時も本来考えていたコースに入る交差点を、見逃していました。

 「まあ、ええか。多少、遠回りになるけど」などと考えながら(しかし、妻にはそんなこと一言もいわず)歩いておりました。


■不審な「足音」

 サン・ドニ通りというのが、パリの中心部にあります。セックス・ショップとか、その手の店が多い通りで、いろんなオネーサン、オニーサンたちがたむろする、さんぽ人がたまたま読んだガイドブックにも、「あまり近寄るな」とか書いてある一角です。ましてや、この時、さんぽ人は「女連れ」なわけですから。 もちろん我々は新婚旅行なわけで、そんな通りに行くつもりもなかったのですが、ブラブラ進むうちに、どういうわけか、その一角に出てしまったようです。

 さんぽ人の頭の中に、ガイドブックの一節があまりにも強烈に記憶に残っていたためか、「まずい場所に来てしまった」という思いだけが突出し、全神経を非常警戒警報が鳴り響きました。しかし、相変わらず妻はお気楽に歩いていましたが。まあ、当然か。

 その瞬間、背後に妙な気配を感じ出したのです。実は、しばらく前から、ずっと我々の後をついてくる足音があったのですが、その足音が、急に気になり出したのです。

 周囲には、我々とその足音の主しかいないようです。本当に人通りがない時間だったようですね。 この「人通りのなさ」「足音」「あまり行かない方がいい場所」「ガイドブックの警告」という要素が、ゴチャマゼになって、一度にさんぽ人を襲いました。

 「どうしよう」、そう思った瞬間、さんぽ人はわざと舗道の石につまずいたフリをしたのです。それから妻の手を引っ張り、道の建物側に身を寄せると、壁を背中に座り込み、ほどけてもいない靴紐を結びだしました。

 妻は「何を急に?」という顔をしております。さんぽ人は、大きな声で「靴紐がほどけてんや!」というと、結ぶふりをしながら、後ろからやってくる人を見たのです。


■旅行の薬は「ノー天気」

 男は、まあ、ビジネスマンではなかったですね。どっちかというと、チンピラ風。さんぽ人がしゃがんだのを、かえって不審がっているような顔つきで、チラリと一瞥して、前を通りすぎ、やがてサン・ドニ通りに消えて行きました。

 別に彼を、カッパライとか強盗とかと断定したわけじゃないけど(単に歩く方向が同じだけだったのでしょう)、やっぱり気になるもんは気になるし・・・。。

 不思議そうに見ていた妻に、ことの顛末(さんぽ人の頭の中にひろがっていた考え)を伝えました。 「あっ、実は私も足音があるなあとは気づいていたけど、でも、何でもないやろうって思って」と、アッケラカンと答えております。

 さらに、「大丈夫やて! アンタ、小心者と違う?」などと言っております。

 こんなに集中力を払って、慎重になっているのは、誰のためなんだ、と言いたくなったけど、そこはグッとおさえて、「まあ、旅先では何があるかわからんし。万が一に備えて行動するように! わかったかね!」わざと威厳を出して、語って聞かせたのです。

 「そんな、浮き足立たんでも、ええやん!」カンラカラカラ笑いながら、妻はどんどん歩いていきます。 本当に、怖いもの知らずって・・・。まあ、旅行を楽しくする気分って、これなんでしょうけどね。

この項、以上。

 

   
(C) 1996 Takashi Tanei, office MAY